MLF不規則系物質研究グループ
リーダー:川北至信(JAEA)
私たちは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に属するメンバーが中心となり、MLFでは主に中性子実験装置を用い、必要に応じて他の量子プローブや物性実験も行いながら、不規則系物質研究に取り組む研究グループです。
結晶性に潜むランダム性がマクロな物性を支配する物理現象は、電池材料に用いられる固体電解質や、太陽電池に用いられる熱電材料など多いですが、本研究グループでは、そうした乱れた構造がもたらす機能に着目し、その発現メカニズムを、主に中性子準弾性散乱・非弾性散乱、単結晶構造解析、小角散乱などを用いて研究しています。
こうした複合問題を解明していくために、単結晶構造解析の専門家と、液体・非晶質の専門家がタッグを組んだ面白い研究グループです。
結晶性に潜むランダム性がマクロな物性を支配する物理現象は多い。超イオン伝導体は、高温でも安全に動作する全固体型の二次電池に利用される固体電解質として期待されており、リチウム伝導体においても次々に高イオン伝導度を有する物質が開発されている。この超イオン伝導体は結晶ユニットを超えた可動イオンの運動とそれに伴う動的ナノ不均一性、とくに可動イオンが感じるポテンシャルの理解が、どうして超イオン伝導相が出現するのかを考察する上で非常に重要となる。結晶構造測定の分野では、超イオン伝導性へと転移する過程での、可動イオンの非等方な分布から、ポテンシャルの非調和性を議論したり、超イオン伝導相では粉末解析から結晶の骨格構造を決定し、電荷のバランスから可動イオンが安定に存在し得る領域やイオン経路に関する情報を得るなど、有意義な取り組みがなされている。我々はこれに加えて、中性子準弾性・非弾性散乱法を利用して、可動イオンの運動そのものを直接観測している。
また太陽光発電などに利用できる熱電材料は、高い効率を得るために、電子伝導がありながら熱は伝えにくい物質が必要で、様々な物質が開発されつつある。格子が作る籠の中に包摂された原子や分子がラットリングするクラスレート化合物には、あたかもガラスであるかのような比熱特性により、低い熱伝導度と高い伝導性を併せ持つ物質が発見されている。このときクラスレート化合物におけるカゴが非調和ポテンシャルを形成し、カゴ内におけるゲストイオンの運動が熱伝導の抑制に寄与していると考えられている。同様な系として、結晶格子内で有機分子が包摂されており、その回転運動が熱伝導を抑制する物質も見出されている。さらに近年、上述の超イオン伝導体の中にも熱電材料として有望な物質が見つかっている。可動イオンが二次元の層状構造を有する系では、この層内の不規則性によりフォノンが散乱され低い熱伝導を実現している。このように、結晶格子の中に、原子や分子の運動を自由度としてもつ系は、超イオン伝導体と同様、乱れが機能発現に大きく関与する物質として、その発現メカニズムの解明が待たれている。
一方、中性子散乱測定技術および解析技術の進展も目覚ましく、マルチEi法を駆使した非弾性・準弾性測定により広いQ-E領域にわたって得られた動的構造因子S(Q,E)から、構造とダイナミクスをつなぐ時空相関関数G(r,t)や動的相関関数D(r,E)を最大エントロピー法を利用して求める手法が開発されている。結晶の中のランダム性を議論する場合、結晶の長距離秩序と格子振動の励起などQ-Eスペースでの理解がしやすい性質と、ランダム性に起因する本質的に局所的な構造や運動などr-tやr-Eスペースでの理解が必要不可欠な性質が混在しており、こうした現象の取り扱いを難しくしている。
当グループでは、超イオン伝導体や熱電材料など乱れが物性発現に直接大きく関与する物質系の構造・ダイナミクスを読み解くことを目的として、結晶構造解析と構造不規則系の構造解析を融合した新たな解析手法の開発を目指している。JAEAプロジェクト課題「乱れた構造がもたらす機能発現のメカニズム」の中で、J-PARC・MLF内の中性子実験装置BL02(準弾性散乱)、BL14(準弾性・非弾性散乱)、BL15(小角散乱)、BL18(単結晶回折計)などを横断的に利用したプロジェクトを実施している。またBL21(全散乱装置)などKEKの装置を含む研究展開、SPring-8など放射光を併用した研究を展開している。