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MLF月間報告 2022年7月

研究成果

BL05 A novel nuclear emulsion detector for measurement of quantum states of ultracold neutrons in the Earth’s gravitational field

名古屋大学 武藤直人他

原子核乾板はゼラチン中でハロゲン化銀結晶を成長、分散させた原子核乳剤をプラスチックまたはガラスの基材に塗ったもので、荷電粒子に対してカメラのフィルムのように軌跡を記録する。プラスチックまたはガラスの代わりとして中性子を吸収し荷電粒子を放出する10B4CがスパッタリングされたSi板を使用することで冷、超冷中性子を高効率かつ高空間分解能で検出できる。本検出器の分解能を実測するためにBL05ビームラインにて Gd格子の透過像をおよそ1000 m/sの冷中性子で取得し、その像の端のぼやけ具合をエラー関数でフィットすることで分解能を評価した。使用したGd格子は9.00 µm(=𝑑𝑚)周期の櫛型構造をもつSi板にGdを蒸着したもので開口幅がおよそ4 µmである(Figure 1)。分解能の評価方法は取得した中性子の位置分布を周期𝑑𝑚で割った剰余に対する位置分布へ変換し、エラー関数をフィッティングすることである。本実験から中性子ビームの広がりや各櫛のGdのばらつきなどを含めた包括的な検出器の分解能が0.56 µmであることを示した(Figure 2)。また、本検出器を用いた実験として超冷中性子の量子状態の測定がある。本検出器をフランスILL実験施設に持ち込み、そのテスト実験を行い、実際に重力により量子化した中性子の位置分布の取得に成功した。今後は高い空間分解能を活かした、より精細な位置分布の取得や中性子のイメージングへの活用が期待されている。

図1  
Figure 1. Electron micrograph showing a cross section of a Gd grating that was manufactured by the same process as that used in this experiment.  
図1  
Figure 2. Fit result of the distribution of neutrons around the Gd grating edge. The blue histogram data is an excerpt of the data. The red line shows the result of the least squares fit of error function to the data.  

参考文献
N. Muto et al,. JINST 17 (2022)P07014

D1, S1 正負のミュオンで捉えた全固体リチウム電池負極材料のリチウム移動現象

高エネルギー加速器研究機構 (KEK) 物質構造科学研究所の梅垣いづみ助教は、同、西村 昇一郎特別助教、竹下聡史助教、幸田章宏准教授、総合科学研究機構 (CROSS) 中性子科学センターの大石一城副主任研究員、杉山純サイエンスコーディネータ、茨城大学の中野岳仁准教授、大阪大学放射線科学基盤機構の二宮和彦准教授、国際基督教大学の久保謙哉教授と共同で、全固体リチウム電池の負極材料として研究されているスピネル構造の Li4Ti5O12 [図 (1) ] 中のリチウムイオンの拡散運動を、大強度陽子加速器施設 (J-PARC) 物質・生命科学実験施設 (MLF) の世界最高強度の正と負の 2 種類のミュオンビームを使ったミュオンスピン回転緩和 (μSR)法により調べた。

μSR 法は、リチウムイオンの拡散運動に伴う内部磁場の微妙な変動を捉えることができ、正ミュオンを使った場合はスピネル格子内の酸素近傍にある空隙位置の内部磁場情報を、負ミュオンを使った場合は酸素位置の内部磁場情報が得られる。正負の 2 種類のミュオンで捉えた内部磁場の変動は一致し、これは負極材料中でリチウムイオン拡散が起きていることを明示した。拡散の活性化エネルギーはかなり小さいことが分かり、これは負極材料として優れた物質であることを示している。正負 2 種類のミュオンを使ってリチウムの拡散を調べるこの手法により、今後さらに電池の研究を推進できると期待される。

この研究成果は、米国化学会 (ACS) が発行する「The Journal of Physical Chemistry C」に 6 月 17 日にオンライン出版された。

図1  
図 (1) 全固体リチウム電池の負極材料 Li4Ti5O12 の結晶構造。リチウムは結晶中の空きサイト間を拡散する。
(2) 正負ミュオンで求めたそれぞれのリチウムイオンの自己拡散係数 DJLi と絶対温度の逆数 1000/T との関係。  

詳しくは J-PARC のプレスリリースをご覧ください。

装置開発

U1A, U1B 超低速ミュオン源の高度化に向けた評価試験

J-PARC MLF MUSEにおける超低速ミュオンビームライン(U-Line)では,表面ミュオンビームを中間標的に照射してミュオニウム(正ミュオンと電子との束縛状態)を真空中に取り出し、これを二光子共鳴レーザー乖離することで低エネルギーのミュオン(超低速ミュオン, USM)を生成する。超低速ミュオンの運動エネルギーはミュオニウム生成標的の温度によって決まり、静電加速後のビーム品質を左右する。U-Lineではこれまで電流加熱したタングステン薄膜(2000 K)が主に用いられてきた。より低い温度での超低速ミュオン生成に向けて、室温のシリカエアロジェル(300 K)を中間標的として用いた超低速ミュオン発生試験を行った。図1に今回の実験で用いた標的を示す。

図1  
図1:ミュオニウム生成標的.(左): 電流加熱したタングステン薄膜、(右) レーザーアブレーションで細孔加工したシリカエアロジェル。  

発生後の超低速ミュオンは静電レンズによって加速を受けつつ引き出され、磁気ベンドで運動量を、静電ベンドでエネルギーを選別されたのちマイクロチャンネルプレート(MCP)で検出される。MCPはディレイラインアノード読み出しで位置有感の検出器である(MCP-DLD)。図2に典型的な測定条件におけるMCPの信号検出時間スペクトルを示す。各図の横軸は粒子の飛行時間(TOF)に相当し、超低速ミュオンは鋭いピークとして観測される。

図1  
図2:MCP-DLDで測定したTOFスペクトル。(左): 6400 ns近傍にUSMの鋭いピークが見える、(右) 縦軸を指数表示したもの。USM以外のピーク構造はビームライン上流から到達する即発陽電子とミュオニウム標的で減速されたミュオンビームに対応する。赤点線で囲まれた時間領域に着目してUSMを計数する。  

静電レンズの各電極における印加電圧、磁気ベンドの印加電流、静電ベンドの印加電圧などを最適化し、可能な限り同等の条件で二つのミュオニウム標的(タングステンとシリカエアロジェル)におけるUSM収量を比較する測定を試みた。表面ミュオンビームのエネルギーとイオン化レーザーの入射タイミングを調整し、それぞれの標的で収量を最大化する条件を探索した。図3に解析結果の一例としてレーザー入射タイミングに応じたUSM収量の変化を示す。

図1  
図3:イオン化レーザーの入射タイミング解析。(左): USMの収量,(右): USMのTOFピーク幅 (Gaussianを仮定した1σ)、収量はレーザーパルスエネルギーによる規格化前の数値である。タングステンから放出されるミュオニウムは2000 K、シリカエアロジェルからのミュオニウムは300 Kの温度に対応する熱速度を持ち、これがミュオニウムの時空間分布形状の違いを生む.高温のタングステンから放出されるミュオニウムの方がより高速なため、左図におけるスペクトルの立ち上がりが急峻で減衰も速い。また、右図からはシリカエアロジェルから放出されるミュオニウムは熱速度が小さく引き出し後のエネルギー広がりがより小さいことがわかる。  

USMの収量はイオン化レーザーのパルスエネルギーと二つのレーザー光(1Sから2Pに励起するLyman-α光と2Pから解離させる355 nm光)の重なりの程度に大きく左右される。これまでのU-Lineではイオン化レーザーのビームプロファイルを定量化する方法がなく、またレーザーのパルスエネルギー測定による収量の規格化も限定的であった。2022A期は蛍光スクリーンとCMOSカメラを用いたレーザービームプロファイル測定と真空紫外光測定用フォトダイオードの遠隔操作機構が整備され、測定条件の定量化、再現性の確保およびUSM収量の相対評価を行うための計測システムがほぼ確立された。図4にビームプロファイル測定結果の一例を示す。光の重なり合う領域が最大となる条件でUSMの収量も最大化されることが確認されている。

図1  
図4:CMOSカメラで撮像されたレーザービームプロファイル。(左): Lyman-α光、(中): 355 nm光、(右): 二つの像の重ね合わせ、355 nm光の像が二つ並んで見えるのはミラーの表面と基板でそれぞれ反射した光が届いているためである。  

速報に近いセミ・オンライン解析の結果ではタングステンとシリカエアロジェルを用いたUSMの収量はおよそ同程度と評価された。計数に伴う統計的不確かさが10%程度と大きく、測定系の改良とレーザーのパルスエネルギー補正に伴う系統的不確かさの評価が今後の課題である。室温で機能するミュオニウム生成標的から実用的な収量のUSMが得られたことで、装置開発および運用の自由度が飛躍的に高まった。今後は来季の実験再開に向けて測定器の高度化と環境整備を進め、共同利用実験の開始に向けた試験的な物理測定に取り組む計画である。

その他報告

BL11 講義 Multi-anvil techniques

A. Sano-Furukawa

INTERNATIONAL SCHOOL of CRYSTALLOGRAPHY ―56th Course: Crystallography under Extreme conditions, The future is bright and very compressed
3-11 June 2022, Erice, Italy, Virtual, Invited lecture. (22/6/5)

メディア掲載・プレスリリース

正負のミュオンで捉えた全固体リチウム電池負極材料のリチウム移動現象

掲載メディア: プレスリリース (2022-7-7)

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構, J-PARCセンター, 一般財団法人 総合科学研究機構, 国立大学法人 茨城大学, 国立大学法人 大阪大学, 学校法人 国際基督教大学

  • S1
  • D1
Proposal No. 2020MI21, 2020A0078, 2020B0322

世界初、パルス中性子ビームで車載用燃料電池セル内部の水の可視化に成功 - 燃料電池のさらなる高性能化で、温室効果ガス排出量削減に貢献 -

掲載メディア: プレスリリース (2022-7-12)

NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構), 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, J-PARCセンター, 株式会社日産アーク, 技術研究組合FC-Cubic

  • BL22

論文成果

学術誌

プロシーディングス

その他刊行物

  • 大山研司、林好一
    軽元素ドープ系材料での新しい原子イメージング法-白色中性子ホログラフィー.
    日本物理学会誌 77 380 (2022)
    • BL10
  • 大山研司、林好一
    新しい水素イメージング法への挑戦 白色中性子ホログラフィー.
    日本結晶学会誌 64 178 (2022)
    • BL10
  • 大原高志
    単結晶中性子回折法の開発と高精度な水素原子位置の決定に基づいた構造化学研究.
    日本結晶学会誌 64 132-139 (2022)
    • BL18
  • Manami Mori, Kenta Yamanaka, Yusuke Onuki, Shigeo Sato, Akihiko Chiba,
    Analysis of hierarchical microstructural evolution in electron beam powder bed fusion Ti–6Al–4V alloys via time-of-flight neutron diffraction.
    Additive Manufacturing Letters 3 100053 (2022)
    • BL20
    Proposal No. 2020PM2007
  • F.Suekane, Y.Hino, W.Noguchi, T.Tokuraku, N.Kadota, T.Konno, T.Kawasaki, Y.Hoshino, M.Watanabe, Y.Sugaya, M.K.Cheoun
    Conceptual Design Report of DaRveX: Decay at Rest νe + Lead Cross Section Measurement at J-PARC MLF.
    arXiv:2205.11769v2 [hep-ex] (2022)
    Proposal No. 2020BU9901

受賞

日本鉱物科学会, 2021年度日本鉱物科学会第26回論文賞

森悠一郎,鍵裕之,柿澤 翔,小松一生,佐野亜沙美

  • Neutron diffraction study of hydrogen site occupancy in Fe0.95Si0.05 at 14.7 GPa and 800 K
  • 受賞年月日 2022-9-17
  • BL11
Proposal No. 2020B0445

学会発表

Advanced Neutron Scattering for Earth and Planetary Science, Goldschmidt Hawaiʻi 2022 workshop

  • 日程: 2022-07-09
  • Explore Hydrogen in the Earth’s interior by Neutron Scattering. 招待講演
    A. Sano-Furukawa
    • BL11