中性子・ミュオン源
MLFでは、J-PARCの3 GeVシンクロトロンでほぼ光速(約97%)まで加速した陽子を炭素、水銀の標的に衝突させることで、それぞれミュオン、中性子のビームを作り出しています。
炭素でできたミュオン標的は、水銀でできた中性子標的へ続く陽子ビームラインの途中に設置されています。ミュオンの元になるパイ中間子の生成には陽子ビームの一部が使用され、残った陽子ビームはミュオン標的の後方にある中性子標的で中性子を生成するために使われます。この際、陽子ビームの出力は最大1MWと桁外れに大きいため、炭素や水銀の標的は破損を最小限に抑えるための様々な工夫が凝らしてあります。また、できるだけ多くのミュオン、中性子を測定したい試料に照射するために、途中の輸送経路にも多くの最先端技術がちりばめられています。これらの創意工夫の結果、MLFでは世界最大級の明るさを持つミュオン、中性子ビームで試料を照らすことができるのです。
中性子源の概要
中性子源は陽子ビームを受けて中性子を発生させる水銀ターゲット、発生した中性子を実験に適したエネルギーに下げるモデレーター、モデレーターに効率よく中性子を集める反射体で構成されています。
水銀ターゲット
重さ約20tの水銀をステンレス製の容器の中で循環させることにより、出力1MWの陽子ビームによって発生する熱を除去しています。陽子ビームが衝突した瞬間には水銀中で衝撃波が発生するため、それによって容器が破損しないようヘリウムの泡で容器を保護するシステムを搭載しています。
モデレーター
水銀ターゲットの側には中性子のエネルギーを下げるために3つのモデレーターが設置してあります。モデレーターの中では超臨界水素が循環しており、効率よく中性子の温度を下げる(=エネルギーを下げる)ことができます。3つのモデレーターは結合型(大強度・低分解能)、非結合型(中強度・中分解能)、ポイズン型(低強度・高分解能)とそれぞれ異なった特徴を持っており、実験に合わせた中性子ビームを供給しています。
反射体
モデレーターの周りにはベリリウムと鉄でできた反射体が配置されています。モデレーターに入らなかった中性子は反射体で一部が戻ってくるため、より効率的にモデレーターへ中性子を導くことができ、その結果実験に使える中性子ビームの強度を増大させることができます。
ミュオン源の概要
ミュオン標的
MLFでは3 GeVシンクロトロンによって加速された3 GeV(ギガ電子ボルト)の陽子ビームを黒鉛製のミュオン標的に衝突させることによってパイ中間子を生成し、そのパイ中間子が崩壊して出来る素粒子ミュオンを様々な分野の研究で利用しています。この際、陽子ビームにより発生した熱は除去(冷却)する必要があります。2008年9月より、冷却水配管を埋め込んだ銅フレームを黒鉛材の周囲に配置した固定標的による運転を開始しました。黒鉛と銅では熱による膨張の仕方(熱膨張係数)が大きく異なるため、その境界に大きな力がかかる事が予想されました。そのため、ちょうど中間の熱膨張係数を持つチタンを二つの物質の境界に挿入し、その力を低減化する事に成功しました。固定標的は2014年9月まで一度も故障することなくパイ中間子を作り続ける事が出来ました。
しかしながら、固定標的の場合は、陽子ビーム強度が増強(加速される陽子数が増加)するに従い、黒鉛材が陽子ビーム照射によって損傷を受け使用できなくなると予想しています。そのため黒鉛製のドーナツ状のリングを回転させ、陽子ビームの当たる場所を変えることによって損傷を分散させ、標的の寿命を延ばす事を可能にする回転標的を開発しました。回転標的の場合、黒鉛の寿命は大きく延びますが、回転部分を支持する軸受の摩耗が使用可能な期間(寿命)を決めると考えています。軸受けの摩耗を防ぐには通常、グリースを潤滑剤として使用します。しかし、ミュオン標的の場合、真空中で使用可能なこと、放射線の影響に強いことが潤滑剤には求められ、グリースを使用することはできません。そこで我々は、軸受の潤滑材として固体である二硫化タングステンを使用する事によって長寿命化を目指しています。2014年9月に導入された回転標的は、2017年4月に至るまで交換することなく、運転を継続しています。
ミュオンビームライン
ミュオン標的で作られたパイ中間子やミュオンは四方八方に飛び散ってしまいます。これをそのまま放っておくと、せっかく発生させた大量のミュオンビームが無駄になってしまいます。しかし、ミュオンは正か負の電荷を持った荷電粒子であるため、磁場をかけることでその飛び散る軌道を曲げることができます。飛び取ろうとするパイ中間子やミュオンを1点に収束させながら「ビーム」としてミュオン実験装置まで届けるため、多くの電磁石で構成されたミュオンビームラインが標的のすぐ横に設置されています。パイ中間子やミュオンの磁場中での曲がり方(曲がる角度)は運動量に比例します。この特徴を使って、ミュオンビームラインでは実験で必要とする運動量を選択的に切り出して使用することが可能です。2017年4月現在、稼働しているミュオンビームラインは3本あり、将来的には4本になる予定です。それぞれのビームラインでは取り出せるビームの電荷や運動量が異なり、それぞれ特徴を生かした研究が行われています。