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中性子実験

中性子とはどんな物でしょうか? 実は、私達の体は多くの中性子でできているのです。下の図をご覧ください。ヒトの体の約70%は水です。水分子は酸素原子1個と水素原子2個からできていて、酸素原子は酸素原子核と電子8個からできています。そして酸素原子核は8個の陽子と8個の中性子からできています。

中性子とはどんな物?

中性子の大きさは0.000000000000001(1000兆分の1) m。髪の毛の断面を地球の断面くらいに引き伸ばすと、中性子は髪の毛の断面くらいの大きさになります。中性子はとても小さい粒子なのです。このくらい小さい物は、粒子でありながらも波のように振る舞う、という不思議な性質を持つことが知られています。

中性子を用いた実験で最もポピュラーなのは、調べたい物質(試料)に中性子ビームを当て、その飛び散り方(散乱)を調べる散乱実験です。散乱実験では中性子が持つ波の性質によって、試料中の原子・分子スケールの構造を反映した散乱パターンを示します。この散乱パターンを詳しく分析することによって、結晶中の原子の配列や、液体・ガラスの構造を調べることができます。また、中性子を透過させ、レントゲンのように試料の内部を透視することもできます。この実験手法はイメージングと呼ばれています。

X線や電子線でも中性子と似た実験を行うことができますが、以下のような特徴を活かすことによって、X線や電子線では得られない情報を中性子によって引き出すことができます。

中性子に電荷はない

X線や電子線は原子核の周りを飛び回る電子と反応します。物質中には数多く電子が含まれていますので、試料に入ってすぐに散乱・吸収されてしまい、内部まで透過させることが難しいです。一方、電荷が0の中性子は電子と反応しないので、電子を通り抜けることができます。そのため中性子は透過力が高く、試料の奥深くの様子まで調べることができます。

同位体を区別できる

水素やリチウムのように原子番号が小さい元素(原子1個の重さが軽いので軽元素と呼ばれます)は電子の数が少ないためX線や電子線では観察が難しいです。一方、中性子の反応のしやすさは水素や酸素といった原子核の種類によって異なりますが、原子番号には依存しません。そのため、中性子は軽元素も金属のような重い元素と同じくらい敏感な反応を示します。特に水素やリチウムは格好の観測対象です。また、同じ水素原子核(陽子の数が1個)でも、中性子の数が異なる同位体(水素=陽子1個、重水素=陽子1個+中性子1個)ごとに反応のしやすさが異なっています。この性質を利用して、特定の原子を同位体で置き換えてから測定することにより、注目したい箇所を追跡する高度な実験が可能です。

磁石の性質がある

中性子は電気的に中性ですが、自転することによって小さな磁石の性質を有しています。例えば強力な磁石を作るためには、内部の電子や原子がどのような磁気的性質を持っているかを調べる必要がありますが、中性子を照射することによってこれを評価することができるのです。また、電磁石などが作る磁場中で中性子は磁場の向きや強さに応じてコマのように回転するため、モーターの内部で磁場がどうなっているか、といったことを調べることも可能です。

原子・分子の構造に敏感

中性子の波長は原子の大きさと同じくらいです。試料内部で散乱した中性子は原子の並び方を反映した干渉パターンを示します。その強度分布から分子の大きさや構造を調べることができます。

原子・分子の運動に敏感

試料を構成する原子や分子は絶えず動き回っています。そのため、中性子は試料内部で散乱する際に、原子や分子の動きに応じてエネルギーをやり取りすることで速度が変化することがあります(野球でバントする際、バットを引いて勢いを殺すことによってボールがゆっくりと転がるようなイメージです)。従って、逆にその速度変化を測定することで、試料内部で原子や分子が運動する様子を調べることができます。

以上のような特徴を活かして、超伝導体、電池材料、水素吸蔵合金、高分子材料、食品、タンパク質など様々な物質・材料の特性を研究するために中性子実験が用いられています。J-PARC MLFには様々な種類の中性子実験装置が設置されており、物理・化学・生物にわたる広い分野の研究が行われています。

中性子実験の詳細

弾性散乱実験

試料内の原子核や磁気モーメントとエネルギーをやりとりせずに散乱した中性子を測定し、物質の平均的な構造を評価する実験手法です。中性子の波長や、散乱された角度による中性子の散乱強度を詳細に解析することで、原子や分子、その集合体の構造情報を得ることができます。MLFでは試料の形態や、評価したい構造の大きさに応じて以下のような実験が可能です。

単結晶回折法(iBIX, SENJU

単結晶からの回折パターンから、試料内部の原子や分子、磁気モーメントの配列を調べるための実験手法です。孤立した回折斑点として強度を測定できるため、精密な結晶構造解析が可能です。測定したい結晶の単位胞の大きさに応じて複数の装置が整備されています。

粉末回折法(SuperHRPD, SPICA, PLANET, TAKUMI, iMATERIA

多結晶試料からの回折パターンから構造情報を評価するための実験手法です。大きな結晶が作れない試料の結晶構造解析や、より多様な試料環境での実験に利用できます。必要な分解能や試料環境に応じて複数の装置が整備されており、超高圧環境での測定や材料評価にも利用されています。

全散乱法(NOVA

波長が短く、散乱角が高い中性子を計測することにより、液体や非晶質などの不規則的な構造を持つ物質の構造を評価する実験手法です。PDF法と呼ばれる手法により、不規則構造中における原子間距離の分布を解析することで、原子の配位数などを評価することができます。

小角散乱法(TAIKAN

波長が長く、散乱角が小さい中性子を計測することにより、原子や分子の集合体が形成するナノスケールの構造を評価するための実験手法です。高分子やタンパク質、ナノパウダー等の大きさや形状、粒子間距離などをnmからサブµmのスケールに渡って評価することができます。

反射率法(SOFIA, SHARAKU

基板上の薄膜や液体に中性子を照射し、その反射率を計測することによって表面・界面の構造を評価する実験手法です。深さ方向に対する中性子の屈折率分布をnmからサブµmのスケールに渡って評価することができる他、面内方向に対してサブµmから数十µmスケールの構造を評価することも可能です。

非弾性散乱実験

試料とエネルギーのやり取りをしつつ散乱した中性子を測定し、試料内の原子やスピンの運動状態(振動、緩和、拡散等)を評価する実験手法です。入射する中性子と散乱される中性子のエネルギーをそれぞれ詳細に計測し、その差を取ることによって、物質内部の運動に関する情報を得ることができます。MLFでは、観測したい現象のエネルギーに応じて以下のような実験が可能です。

直接分光法(4SEASONS, AMATERAS, HRC

チョッパーと呼ばれる回転体を使って、試料に入射する中性子エネルギーを一つに決定します。散乱後の中性子エネルギーは、中性子が検出器に到達した時刻から求めます。直接分光法による実験ではmeVからeVにわたる広いエネルギーの運動状態を調べることができ、観測したいエネルギーの領域に応じて複数の装置が整備されています。

逆転配置分光法(DNA

アナライザと呼ばれる結晶を使って、散乱後の中性子エネルギーを一つに固定します。試料に入射する中性子エネルギーは、中性子が検出器に到達した時刻から求めます。逆転配置分光法では、マイクロeV程度の低いエネルギーの運動状態を調べることが可能です。

スピンエコー分光法(VIN ROSE

中性子は磁気モーメントを持っているため、磁場中でコマのように回転するラーモア歳差運動が生じます。その際のスピンの回転数は磁場の強さと磁場中での飛行時間に依存しており、試料で散乱された際に中性子の速度が変わると磁場中での飛行時間が変わるため、回転数も変化します。中性子スピンエコー法は、この回転数の変化を中性子の速度変化の物差しとして利用する実験手法で、磁場を強くして回転数の変化をより明瞭にすることにより、ナノeV程度の極めて低いエネルギーの運動状態を調べることが可能です。

イメージング・分析実験

中性子の特徴を積極的に利用した新しい分析技術や可視化技術がMLFで芽生え、花開いています。これらの新規実験手法は文化財の研究や産業界での商品開発にも役立てられています。MLFでは、解析の対象や内容に応じて以下のような手法による実験が行われています。

中性子イメージング装置(RADEN, NOBORU

中性子の高い物質透過力を活かして、物質内部の構造等を非破壊で可視化する手法です。レントゲン写真の中性子版のような方法ですが、水素やリチウムのようにX線では観測しづらい軽元素の可視化が可能である他、透過率の波長依存性を解析することによって物質内部の残留ひずみや結晶構造のマッピングを行ったり、中性子の磁気モーメントを利用して磁場の分布や強度、方向を決定したりすることができます。

元素分析(ANNRI, RADEN

特性X線のように、中性子が原子核と反応すると原子核に応じてエネルギーが異なるγ線が発生します。これを基に、試料に含まれる元素の種類とその含有量を評価することが可能で、複雑な構成元素を持つ試料の場合であっても、試料を壊すことなく迅速に分析することが可能です。

中性子照射(NOBORU

地上に降り注ぐ宇宙線中性子が機器内部の半導体に衝突することによって、機器の誤動作を引き起こすことが知られています。この影響を調べるために、MeV程度の高エネルギー中性子を照射し、放射線損傷が機器に与える影響を分析することが可能です。

中性子テストビームポート(NOBORU

新しい中性子実験のアイデアに基づく研究や開発には、実際に中性子ビームを使った予備実験が不可欠です。MLFでは、こうした要望に応えるためのテストビームポートを整備しており、多くの新規技術がこのテストビームポートから創出されています。

核物理・中性子基礎実験

MLFでは、物質や材料の特性に関する物質科学研究を行うために、多くの中性子実験装置が整備されていますが、いくつかの装置では物質を構成する原子核や中性子そのものの性質を研究する基礎物理研究も行われています。MLFでは以下のような原子核・素粒子物理学に関連した実験が行われています。

中性子核反応測定装置(ANNRI

中性子は原子核に捕獲されることでガンマ線を発生させることがあります。この確率は中性子捕獲断面積と呼ばれますが、MLFでは原子核の中性子捕獲断面積を極めて精度よく測定することが可能です。得られたデータは宇宙の元素合成過程や放射性廃棄物の低寿命化の研究に役立てられています。

中性子基礎物理実験装置(NOP

物質との相互作用だけでなく、「中性子そのもの」の性質を調べることが宇宙の起源や素粒子物理の解明に繋がります。MLFではそのような中性子の性質を研究する実験を行うための専用装置が整備されています。