トップ » MLFについて » ミュオン実験

ミュオン実験

ミュオン(ミュー粒子、ギリシャ文字µで表記)は、高エネルギー陽子ビームと原子核の反応で生成されるパイ中間子が短い時間で崩壊することで生まれる素粒子で、正または負の単位電荷を持ち、重さは陽子の約9分の1程度と軽く、自身も平均寿命約2.2マイクロ秒という短い時間で陽電子または電子とニュートリノに崩壊・消滅します。 正の電荷を持つミュオンは、物質の中に入ると軽い陽子(水素原子)の放射性同位体として振る舞います。試料に注入された正ミュオンは、格子間位置の安定な位置(陰イオンの近く等)に停止し、その位置でまわりの磁場を感じてミュオンスピン(量子力学的な自転)の向きが変化します(ラーモア歳差運動)。

一方、負の電荷を持つミュオンは、物質中で重い電子(電子の約200倍)として振る舞い、ナノ秒以下の短い時間で原子核の正電荷により捕獲・束縛された状態(ミュオニック原子と呼ばれる)を形成します。また、その際には負ミュオンの軌道間遷移にともなって元素固有の特性X線が放出されます。

このように、ミュオンはその電荷の違いによって物質との相互作用が大きく異なりますが、J-PARC MLFミュオン施設(MUSE)では、正負いずれのミュオンについても、それぞれの特徴を活かした研究が行われています。

正ミュオン利用による物質・材料研究

ミュオンはスピン1/2に付随した磁気モーメントをもち、文字通り原子スケールでの方位磁石に相当しますが、加速器からビームとして取り出されたミュオンではそれがビーム方向にほぼそろっている(高いスピン偏極度を持つ)、という大変便利な性質を持っています。従って、他の原子核や電子の磁気共鳴法のように偏極を誘起するための外部磁場を印加することなく、調べたい物質に正ミュオンを注入・停止させることで、その瞬間にそろっていたスピンが試料中で周りからの磁場を感じて変化していく様子を調べることができる、という大きな特徴を持っています。これはミュオンスピン回転/緩和/共鳴(µSR)と呼ばれ、物質の内部の磁気的状態を原子スケールで知ることができる「磁気の探針」として、多くのユーザーが利用しています。また、前述のように正ミュオンは物質の中に入ると陽子(水素原子)の軽い同位体としてその電子状態をシミュレートするので、対象物質中で微量の水素がどのような役割を果たしているのかを調べる上でも有効な手法です。

ミュオンスピン回転法

負ミュオン利用による非破壊元素分析

考古学資料から生きた動植物まで、対象に損傷を与えることなくその構成元素の種類や含有率を調べたい、という要求は広範な分野に渡ります。この目的のために使われる手法として最も普及しているものの一つに蛍光X線分析があります。これは分析対象にX線を照射して原子を励起し、その原子が励起状態から元に戻る際に放出する特性X線を利用して分析を行なうものです。ところがこの手法にはナトリウムより軽い元素に対して感度が悪く、またX線の性質上、感度があるものについては対象のごく表面の情報しか分からない、という欠点があります。そこで登場するのが負ミュオン捕獲に伴う特性X線を用いた非破壊元素分析です。負ミュオンはその質量ゆえに、原子に捕獲・束縛される過程で放出する特性X線のエネルギーも200倍も高く、この高いエネルギーのおかげでミュオンの特性X線は数mm〜数cmという厚みを貫通して検出器に到達でき、ミュオンを試料深くに注入して試料内部の元素分析を行なうことが可能になります。加速器からのビームを必要とするため、動かせないような大きな試料の分析には向きませんが、負ミュオンは最後には自然崩壊で消滅するため対象物の放射化もほとんどなく、軽元素を含む全ての元素が分析可能な非破壊元素分析法として期待されています。

特性X線を用いた非破壊元素分析